エンプロイアビリティを高めるスキルの構造と分類
本記事では、雇用されるための能力(可能性)を示すエンプロイアビリティを高めるスキルについて、その構造・分類とともにみていきます。
エンプロイアビリティは、もともと能力的側面を中心に検討されてきました。そこで、高いエンプロイアビリティにつながるスキル(エンプロイアビリティ・スキル)について、構造と分類からみていきます。
(出所)厚生労働省(2001)より引用
まず注目されるのは、何らかの形で成果に結びつく働く人の能力の構造について触れたモデルです(厚生労働省,2001)。これは、個人の能力を、仕事を行う上で直接必要となる特定の知識・技能(スキル)を示す「A」、協調性や積極性など、仕事を行う際、個人がもっている思考や行動の特性を示す「B」、動機、性格、信念、価値観などより潜在的な個人的属性に関するものを「C」とする3層構造から成っています(図)。Aは外から明らかに見える顕在的能力であり、BはAが態度として現れる点で顕在的ですがCと関係が強く、Cは潜在的な個人の特性で具体的・客観的に評価することは困難としました。以上からも、個人のエンプロイアビリティ・スキルとしては、Aを中心に、Aと密接に関係するBまでを対象とすることが適当と考えられます。
エンプロイアビリティを高める具体的なスキル
エンプロイアビリティ・スキルの分類として、基本的に身につけていなければならない一般的スキルと、特定の仕事を実行するのに必要な専門的スキルに分ける分類が多くみられます。一般には専門的スキルの方が重要だと考えられがちではないでしょうか。しかし以下にみられるように、エンプロイアビリティを高めるという観点からは、技術的専門的なスキル、スペシャリスト的スキルだけでは、現代の組織現場での職務を遂行していくには不十分であり、それを活かし補足するためにも、一般的な基礎的スキル、つまりゼネラリスト的なスキルをともに開発されなければならないと考えられるようになっています。
①若年者就職基礎能力
まず、わが国へのエンプロイアビリティの導入当初から一定の役割を果たしてきた政府の考えるスキルをみていきましょう。厚生労働省(2004)は、大学卒業者の採用に当たり半数以上の企業が重視し、かつ比較的短期間の訓練により向上可能な能力を若年者就職基礎能力としました。これには、コミュニケーション能力(プレゼンテーション能力を含む)、職業人意識(責任感、職業意識・勤労観、向上心・探求心を含む)、資格取得、基礎学力、ビジネスマナーが含まれます。特徴としては、実際の採用における評価基準に基づく態度や技量が含まれていることが挙げられます。また、実際これを修得した人の採用可能性は64.5%と比較的高く、エンプロイアビリティ・スキルとしての実効性が高い枠組みといえます。
②社会人基礎力
経済産業省(2006)は「職場や地域社会の中で多くの人々と接触しながら仕事をしていくために必要な基礎的な力」と定義した社会人基礎力を提唱しています。これには、一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力である「前に踏み出す力(アクション)」
、疑問を持ち、考え抜く力である「考え抜く力(シンキング)」、多様な人とともに、目標に向けて協力する力である「チームで働く力(チームワーク)」の3つがあります。前に踏み出す力として主体性や実行力が、考え抜く力として課題発見力、計画力、創造力が、チームで働く力として発信力、傾聴力、柔軟性、情況把握力、規律性、ストレスコントロール力が挙げられています。この特徴は、多人数のチーム労働を視野に入れていること、「汎用的技能」すなわち、移転可能なスキルという、エンプロイアビリティ・スキルに求められる特性を強く意識した枠組みであることが挙げられます。
①と②はともに、社会人への移行が焦点となる大学生のエンプロイアビリティ・スキルの枠組みとして重要ですが、②社会人基礎力の方が、大学のキャリア教育で広く取り上げられており、浸透度は高くなっています。また、厚生労働省(2017)の「エンプロイアビリティチェックシート」では簡単に①②の自己採点ができるようになっています。
③リクルート調査
転職者も視野に入れたエンプロイアビリティ・スキルの枠組みの代表的なものがリクルート(2004)です。この枠組みでは、ビジネス開発力(商品を開発し、市場への浸透を実行しビジネスをつくりあげていく知識・ノウハウ)、キャッシュフロー開発力(キャッシュの入りと出の管理を通してキャッシュフローを改善し、健全なキャッシュ状況を維持・向上させる知識・ノウハウ)、企業評価・組織化能力(企業の状況やビジネスプロセスを分析・把握し、強味を強化し、弱みを補う方向で組織をつくり、企業全体の競争力を強化していく知識・ノウハウ)が重視されています。それに加え、人材評価・育成力(人材のレベルや特徴を把握し、ビジネスに合うように合理的に育成していく能力)、マーケット・チャネル開発力(取引先等の開拓を通し、新市場を開拓していく能力)、サービス革新力(既存のサービスを改革し、顧客満足度を飛躍的に高めていく能力)、P/L管理能力(売上・費用等の構造を分析し、適切な予算管理のもとに収益の向上を図る能力)が重視されています。この枠組みは、人材ビジネス企業に対し顧客企業から依頼の多い人材が業務遂行のため保有すべき能力として調査した結果と類似していたため、外的エンプロイアビリティの高さと結びついた能力を示しています。新卒者の採用と異なり、実際の転職場面では、こうしたより具体的な知識・ノウハウ、能力が評価の対象とされます。転職が活発化している現代、今後は諸方面で、個別業種、職種ごとに求められるエンプロイアビリティ・スキルの検討を、移転可能性の高さとともに追究していく必要性が高いといえるでしょう。
引用文献
経済産業省 2006 社会人基礎力に関する研究会-「中間取りまとめ」-経済産業省.
http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/honbun.pdf
厚生労働省 2001 エンプロイアビリティの判断基準等に関する調査研究報告書 厚生労働省.http://www.mhlw.go.jp/houdou/0107/h0712-2.html
厚生労働省 2004 若年者の就職能力に関する実態調査 厚生労働省.
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/01/dl/h0129-3a.pdf
厚生労働省 2017 平成29年度 労働者等のキャリア形成における課題に応じたキャリアコンサルティング技法の開発に関する調査・研究事業 厚生労働省.
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11800000-Shokugyounouryokukaihatsukyoku/0000198685.pdf
リクルート 2004 (平成14年度経済産業省委託調査)平成15年度人材ニーズ調査 リクルート.
http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/ji04_16.pdf
*今回の連載について、より詳しく知りたい方は以下の文献をお読み下さい。
山本寛(2014)『働く人のためのエンプロイアビリティ』創成社
青山学院大学経営学部山本寛研究室ホームページhttp://yamamoto-lab.jp/
山本 寛
- 青山学院大学経営学部・大学院経営学研究科 教授
- 「連鎖退職」「なぜ、御社は若手が辞めるのか」「中だるみ社員」の罠」著者
- 研究室ホームページ:http://yamamoto-lab.jp/