コロナショックとエンプロイアビリティ
新型コロナウィルスの流行が続いています。それに伴う緊急事態宣言や国・自治体の要請によって、人々は自宅周辺に閉じこもり、組織はモノづくりや営業をカットせざるを得ない「凍結(フリーズ)」というべき状況になっています。この影響が企業経営に影響を及ぼし始めています。実際、流行による経営破綻が旅館・ホテル、飲食、アパレル・雑貨小売関連を中心に急増してきました(東京商工リサーチ調査)。さらに、コロナショックは雇用にも悪影響を及ぼしてきました。昨年の有効求人倍率(季節調整値)の平均1.60倍が、3月は1.39倍と明らかに低下してきたのです(厚生労働省調査)。採用者の内定取り消しも増えています。今後、リーマンショックを上回る景気後退が言われる中、雇用の悪化がさらに深刻になる可能性が十分にあります。
近年は少子高齢化を背景にした採用難と人手不足により長らく雇用は安定してきました。しかし、派遣切り、雇い止め等、非正規社員の雇用が脅かされたリーマンショックやバブルの崩壊等、雇用はこれまで何度も悪化の波に見舞われてきたのです。そして、雇用の悪化は、望まずして現在の仕事を失ったり、また他の仕事に転換させられるのではないかという人々の不安感を高めることになります。
この連載でとりあげるエンプロイアビリティとは、組織で雇用される能力を示します。つまり、これが高い人ほど意に沿わず辞めさせられることも少なく、また仮に辞めさせられても転職が可能となります。また、就職を控えた学生にとっては内定を獲得する可能性や能力を意味します。つまり、コロナショックのような突発的な要因だけでなく、リストラに見舞われるかもしれないなど雇用不安にさらされている多くの人にとって望ましいものといえます。
エンプロイアビリティとは何か
エンプロイアビリティとは、働く人や学生が組織に雇われる(または雇われ続ける)ための能力やその可能性を意味します。そのため、企業側からみると、採用、次いで能力開発と密接に関係し、個人からみれば就職や転職と関係します。
さて、IT化など技術革新の進展により、これまで仕事ごとに必要とされてきたスキル(技能)が古くなり、使えなくなるスピードが加速してきました。昔多くの人々が電話交換手の仕事に就いていましたが、現在は非常に少なくなっている例からも明らかです。このことを働く人一人ひとりからみると、過去に獲得したスキルや経験は、現在または近い将来十分な業績を挙げるのには不十分になるということを意味します。例えば、理工系の大学院修士課程を修了してエンジニアとして就職した学生が、職業人生の終わりまで同じ専門で仕事を続けることが困難になってきました。勤めた後、何らかの形で組織に求められるスキルを身に着ける必要があるのです。
他方、AI人材を高給で採用する企業が話題になりましたが、エンプロイアビリティが高い人材、つまり組織から求められるスキルをもった人材は、少なくともキャリアの出発点で望ましい位置に立てるのです(もちろん、彼らとて一生安泰という訳ではありません)。しかし、こうした重要性とは裏腹に、わが国では、エンプロイアビリティという言葉自体だけでなく、その意義も広く普及しているとはいえないのが現状といえるでしょう。
本連載では、エンプロイアビリティについて、わが国の現状、それを高めるための具体的スキル、企業が社員のエンプロイアビリティを高める必要性等の観点から述べていきます。
以上は、2020年5月8日時点の状況に基づいて執筆しています。
*今回の連載について、より詳しく知りたい方は以下の文献をお読み下さい。
山本寛(2014)『働く人のためのエンプロイアビリティ』創成社
山本 寛
- 青山学院大学経営学部・大学院経営学研究科 教授
- 「連鎖退職」「なぜ、御社は若手が辞めるのか」「中だるみ社員」の罠」著者
- 研究室ホームページ:http://yamamoto-lab.jp/